二世 茂山 七五三(しげやま しめ)

ishime
本名:茂山 眞吾
1947年8月30日生まれ
四世千作の次男

4歳の時 狂言「業平餅」の子方にて初舞台以来、「三番三」 「釣狐」 「花子」「狸腹鼓」 などを次々と披く。
1976年に兄 正義(現 千作)、従兄弟 あきらと共に花形狂言会を発足。自分達の活動の拠点として古典は勿論のこと秘曲の復曲、新作狂言の上演等を積極的におこなう。
また、名張子供狂言の会において指導するなど、指導者としても活躍している。
日本の伝統芸能である狂言を海外に紹介する活動にも積極的に参加。海外公演は近年ほぼ毎年参加しており、その活動にはめざましいものがある。1999年には「花形狂言会」を卒業した。また2000年1月にはパリの俳優術研究所(ARTA)に招かれ、ワークショップを行う。チェコ共和国において「七五三(なごみ)の会」発足。2008年に日仏交流150周年記念にてフランス銀行黄金の間において狂言公演、同年に世界遺産フランス「コンク」にて狂言会開催。2009年、名張市の文化振興に貢献したとして市政功労者特別表彰者として表彰を受けた。
現在は、あきらと共に、桂米朝一門を巻込み『お米とお豆腐』を立ち上げ、新たな試みに挑戦中。
クセのない素直で堅実な演技に好感を持つ人は多く、狂言界を担う逸材として頼れる存在である。

趣味:剣道(四段)居合(三段)・古美術・ドライブ
好きな物:自動車・ビーフカツレツ・ビートルズ
好きな言葉:和・友・笑い・技
好きな狂言:『宗論』『悪太郎』『空腕』『千鳥』『月見座頭』

<千五郎家楽屋話>(聞き手・西村彰朗)
夏の一夕、金剛能楽堂で初めて「なごみ狂言会チェコ」の舞台を見た。
足の運びといい、腰の構えといい、堂に入ったもの。チェコ語での上演だが、「やっとな」「がわがわがわ」「ごしごしごし」などは日本語そのまま。青い目の大男が“とほほ”と嘆けば、場内は笑いと拍手に包まれた。
歌舞伎の『盛綱陣屋』のセリフではないが、よくぞ「教えも教えたり、覚えも覚えたり」である。「よくぞここまで会得してくれた」とは、16年間、プラハに通い続け、指導にあたってきた七五三の話。
法政大学の「催花賞」を外国人グループで初めて受賞。チェコ各地を巡演する20人ほどの狂言一座に成長した。千五郎家の活動は古典をかなめに、扇の末広がりの如くさまざまな方面へ。その末は東欧にまで広がっているのを目の当たりにした思いだ。
「今後ともしっかり千五郎家を支えていく」といい、若い世代への注文は「どんぐりの背比べはだめ。これだけはだれにも負けんという技を磨いてほしい」。京都国際観光大使。千五郎家にとっては大事なご意見番でもある。

<落語作家・小佐田定雄>
「七五三」という名前は四世千作さんの本名です。その名前を受け継いで二世七五三を襲名したのは一九九五年のことでした。その前後から、お茶目度が急上昇したように思います。銀行員と二足の草鞋を履いていたころはキリリと吊りあがっていた目尻も、専業狂言師になるとともに流れはじめ、今ではご覧のような理想的な狂言師のお顔になりました。
剣道の達人で「世が世であらば、辻斬りになりたかった」などと物騒な夢を語ることもありますが、休日には美術館を訪れ、静かにワインを傾けるというごく平和的なおじさんですのでご安心ください。
役柄の幅広さは茂山家随一で、気の弱い亭主から大ボケの大名、はしっこい太郎冠者、こわーい女房、怪しげな山伏に至るまでの「人類」はもちろんのこと、カエルやゴキブリの役までをみごとに演じてのける万能選手なのです。

1947年 8月30日 十二世 茂山千五郎の次男として生まれる。
1951年 「業平餅」の子方で初舞台
1965年 「三番三」披く
1969年 「釣狐」披く
1975年 日本能楽団のイラン・スイス・西ドイツ公演参加
1976年 花形狂言会発足
1978年 「花子」披く
1986年 京都金剛流能楽団と共にベルギー公演参加
1989年 梅若六郎能楽団と共にベルギー公演参加
1990年 国際交流基金より茂山狂言団員として東南アジア・韓国公演参加
「狸腹鼓」披く
1991年 国際交流基金よりイギリス・モスクワ公演参加
1992年 アメリカ・オレゴンにてアメリカジャパンウィーク公演参加
日本能楽会会員(重要無形文化財保持者総合認定)となる
1993年 ニューヨーク能公演においてコロンビア大学ミラー劇場
メトロポリタン美術館にて公演
第11回「京都府文化奨励賞」受賞
1994年 名張子供狂言指導者としてオレゴンアシュランド公演参加
1995年 二世 七五三 襲名
1996年 国際交流基金よりベルギー・イタリア・ルーマニア公演参加
ベネツィアジャパンウィーク公演参加
2000年 フランス パリ俳優術研究所(ARTA)講師として招かれる
2001年 お米とお豆腐を発足
2007年 平成18年度『京都府文化賞功労賞』受賞
2009年 平成21年度『名張市市政功労者特別表彰者』受彰
2011年 平成23年度『京都市文化功労者』受賞
2015年 平成27年度『京都市芸術文化協会賞』受賞