茂山千五郎家とは

120303_0989_靭猿
茂山千五郎家は江戸時代初期から、京都在住の狂言師の家として歴史に残っております。

初代から四代目までは、記録が残っていません。
貞享4年(1687年)の文献に【油小路通四条下る】に「茂山徳兵衛」という狂言師がいたことが記されています。この徳兵衛が五代目になります。
六代目から禁裏御用(御所に出入りを許されている。今でいう「宮内庁御用達」のような家)の能楽師として、京都・奈良を中心に狂言を上演した記録が各地に残っています。
九代目の茂山千吾正乕が彦根藩の演能に参勤していた時、「枕物狂」のシテを勤めていた役者が倒れ、その代役を見事に勤めた功績により彦根藩に抱えられます。その彦根藩のお殿様(井伊直亮か直弼かは不明)が、「千五ろ!千五ろ!」と呼ばれるので、「千五郎」と名乗るようになり、当主名として代々受け継ぐようになりました。
現在も十四代目の当主・千五郎を中心として、400年にわたり京都に息づいてきた狂言の普及・継承に勤めています。
9thmasatora九世正乕